農業というと力仕事が多く、体力勝負のイメージがあるため、どうしても男性の職業というイメージが強いかもしれません。しかし、農業従事者の約半分は女性なのです。
多くの女性が農業を支えています。ただ、日本の農業の女性は裏方としての役割が多く、脚光を浴びることがあまりなかったといえるでしょう。
これらの現状を打破するために、農林水産省では2013年に「農業女子プロジェクト」として女性農業者を増やすことを目的に活動しています。
ここでは、農業内外の企業や団体と連携し、商品を開発したり情報を発信したりしています。これまで農業をする女性は、きめ細かさや女性ならではの視点・意見がうまく活用されていませんでした。
農家独特の体質や閉鎖的な環境のなかでは、農作業、家事、育児、介護など身の回りのことで忙しかったからです。
ただ、農家の女性には、農家の女性にしかできないやり方があります。
これまでの農家の女性のあり方を考え、これからの農家の女性はどのようなことが出来るのか、どのようなことが求められているのかについて考えていきましょう。
もくじ
自己肯定感の低い「農家の嫁」に自立する機会を
これは、ある東北の農村で女性起業をしようとした農家の嫁の話です。この女性は農産物を加工し、販売するために女性センターの起業塾に参加していました。
彼女は、自分で漬けた梅干しを販売して、小さなビジネスをしたいと考えていました。ある日、その梅干しに価格をつけるため中小企業診断士と相談をしていました。女性は樽一杯に漬けた梅干しを一パック500円に設定していました。
中小企業診断士に「その値段で本当にいいの? 」と尋ねられると女性は、「じゃあ350円」とすぐに値下げしました。
すぐに値下げをしたのには、以下のような理由があります。
「梅の実とシソは家で採れたもの。樽は2代前の婆さまが使っていたもの。お金がかかっていない。お金がかかっているのは、塩代だけ。だから塩代のもとがとれればそれでいい」というのです。
この女性には、人件費を考慮する概念がありません。これには、嫁である彼女の労働を過小評価する家族の雰囲気が大きく影響しているのです。
問題は「起業のスキル」より「自己肯定感」
女性は出かける前に夫と姑から「そんなもの500円じゃ売れないよ」といわれていました。
そのため、その言葉が気になっていて中小企業診断士に聞かれたとき、すぐに値下げしてしまったのです。
「樽一杯の梅干しを作るためにどれだけの時間がかかっているの? 」と中小企業診断士に重ねて聞かれました。
女性は、「全部で20日くらいかかっている」「梅を天日干しするために4~5日家を離れないときもあった」と答えました。
「それだけ手間をかけているのなら1,000円でも売れるよ」と声をかけた診断士は、彼女に必要なのは起業のノウハウではなく、自己肯定感だと実感したようです。
自己肯定感とは、「自分は大切な存在だ」「自分はかけがえのない存在だ」と思え、自分を肯定できる心の状態のことです。幼少期の教育環境などが大きく影響しているともいわれています。
自己肯定感が低いと、他人にどうみられているか気になり、自信が持てず、他人の言動に大きく反応してしまいます。
自分の意志で物事を決定してこなかった農家の女性は、自信をもって自分で価格を決めることができなかったのです。
表に出ることは決してない農家の女性
私はこの話を聞いたときに、「私の母親と似ている」と思いました。実際には私の母は農家の嫁ではなく、農家の娘という立場ではあるものの、この感覚は似ていると思ったのです。
近年では、農村の女性起業ということで加工品を作ったり、グループで活動している事例もあります。
ただ農家の中には、相変わらず男性がすべての実権を握るという風習が、田舎や農村には色濃く残っています。特に昭和の時代は、それが当たり前でした。
農家の男性は仕事と会合などで外出します。一方で農家の女性は、仕事と家事、育児をこなし、外出することが少ないのです。
完全な男社会のため、女性が何かを決め、自ら行動することはあまりないものでした。
意見を言うことが難しい農家の女性
私の母の父親は昔気質の人間であり、すべてを自分で決める性格でした。
そのため、娘である母には「駄目だ、駄目だ」とよく言っていたような気がします。常に否定され続けていると、自分の意志がなくなってしまうのです。上から押し付けられていると、自分の意見を言うことが出来なくなってしまうのです。
私の妹が結婚するとき、母へ向けた挨拶のときに「自分のことはいつも後回しで……」といっていたことが、すべてを物語っていると感じたものです。
「親戚の○○はこういっているよ」「隣の家はこうだから」と、いつも母が言っていたことが私は気になっていました。
「親戚の意見は分かるけど、じゃあ自分はどう思っているの?」「世間はどう言っていてもいいよ。それより自分はどう考えてるの?」というやり取りが多かったです。
私は母の意見が聞きたかったのです。いつでも他人の意見を気にしているので、自分で判断するくせがないのです。このような感覚こそが、農家の女性の雰囲気を表していると思ったものです。
さらには、「だって……」「でも……」が口癖で「女だから……」「年だから……」「この辺じゃ誰もやっていないから……」などとやらない理由と言い訳が多いものでした。
農家にいて、女性(嫁)であることが、自分の判断で決めることができない人生を強要されているようにも感じました。
自分の母を例に挙げてみましたが、農村の女性全体になんとなくこのような傾向があると感じました。
農家の女性は農家に縛られる
農家の女性(嫁)であると、「農作業にどっぷりとつかってしまい、外からの視点を失い、昔の古い常識と重い役割が当然である」という認識になってしまうと感じたものです。
そこには、新しいことに挑戦するとか、新しい人と出会うとか変化することが、別世界のように思えてきます。農家に嫁ぐことが敬遠されるのは、こうしたイメージがあるからでしょう。
イメージだけではなく、実際に日本の農家はこのような家が多いです。
このように、これまでの農家の女性は、農作業や家事、育児、介護に忙しく、主体的に行動することが困難な状態にあったといえます。
農家の女性の目線が重要
ただ、このような農家の女性の視点がとても重要です。表に出てこないからこそ意味があると思うのです。
農家では野菜などたくさんあるので、とても健康的であり、節約につながる知恵などがたくさんあります。
実際に農家は、長生きであり健康寿命も長い傾向にあります。田舎の年寄りは、80歳を過ぎても畑仕事をしていることもあるので、とても健康です。
こうした女性が当たり前にこなしてきた、野菜を使ったレシピやおばあちゃんの知恵袋的な節約術などは、知りたいと思っている人もいることでしょう。
例えば、家で採れた野菜を漬物にしたり、梅を梅干しにしたりというのは、その行動そのものが生きがいになります。また、節約にもなり、保存料など全く使わないので健康そのものなのです。
こういうものは、あまり表にでないため地味な存在ではありますが、素朴で保存料など使っていないものを欲しい人や、作り方を知りたい人などがいるはずです。
女性こそ向いていることはたくさんある
基本的に農産物などの買い物をするのは、女性が多いです。そのため、買う人の立場になって考えられるのが農家の女性といえるでしょう。
さらにその野菜を使った料理や、おいしい野菜の選び方などを知っています。そのような情報をぜひ知りたいと思う消費者はたくさんいるでしょう。お客様とのコミュニケーションをとるのも、女性のほうが得意な人が多いはずです。
実際に直売所などで活躍している人は、女性が多いです。
農家の女性は情報発信にも向いている
実際に人と会ってコミュニケーションをとること以外にも、ネットを使った情報発信は女性の方が向いている場合があります。
また、農家の女性の視点でしか発信できない情報がたくさんあります。例えば、農業の栽培管理だけでなく、「食育に関すること」「野菜を使ったレシピ」「美味しい野菜や果物の選び方」「農家の暮らし」「節約術」「保存食の作り方」など、必要とされている情報があるでしょう。
これらをサイトやブログ、Facebookなどで発信すれば、とても有益な情報を伝えることができるでしょう。
衣、食、住に関するお金をかけずに知恵を使った農家の暮らし方や活用術などは、人が違えばそれだけの数があります。あらゆる宣伝や消費でお金をかけることがいいことだと洗脳されてきたのが、現代の消費社会です。
しかし農家には、流行に惑わされることなく、知恵や工夫でお金をかけることなく堅く生きてきた土台があります。変化が激しい時代だからこそ、そうした変わらないやり方に価値があるのではないでしょうか。
そのような生き方や暮らし方を情報発信することもひとつの方法です。
作るだけでなく、流通・販売まですることが得意
これまでの農業は生産するだけが主で、それ以外のことを考えることはあまりありませんでした。ただ、あらたな商品開発や販路開拓を考えている女性はたくさんいます。企業や大学等でも女性の視点を生かした支援事業などもあります。
農林水産省の「農業女子プロジェクト」では、プロジェクトの趣旨に賛同した企業と女性農業者が共同で商品やサービスを開発しています。
例えば、農業女子のおしゃれで快適な日常着などを企業と組んで販売しています。通常、農業をする女性の恰好はおしゃれとは程遠いものが多いです。
そうした農家のイメージを一新するのにも、オシャレな作業着などの開発は今までにはあまりなかったものです。
他にも直売をするなら、「どのような箱を使うのか」「デザインはどのようなものがいいか」など、一から考えることがあります。
パンフレットやチラシ、自社農園のロゴなどを作るのもデザインなどのセンスが必要になります。
これらのアイディアやデザインなどは、男性よりも女性の感性が必要になってくるはずです。また自分のブランドを作り上げるのは楽しいものです。
販売することを考えても、頭の固い職人肌の頑固オヤジより、女性が行ったほうがどう考えてもいいはずです。
今まで眠っていた感覚を農業の現場だけでなく、生産以外のところでも生かせるのです。
農業という事業を継続していくには、女性の視点が必要です。また、このような女性がいる農家ほど、間違いなく稼いでいる農家でしょう。
農業は重労働で女性には出来ないのか
農業というと男性的で、がさつで肉体労働のイメージがないでしょうか。確かにガテン系の男性もいますが、すべてが重労働というわけではありません。
米俵を担いで運ぶとか、何十キロの物をもつとか、男性しかできないような重労働をすることは意外と多くはありません。
ただ、収穫の物によっては、重量があるため重く運搬が大変なこともあります。
農業は繊細な管理と愛情が必要
ただ、普段の栽培管理では、どちらかというと軽作業的な管理が大半です。農業は植物を相手にしますが、実は繊細な管理が多いものです。
種をまいて苗を作るのもきめ細かい作業です。他にも実を間引いたり、果実を摘果する管理もいい物を見極めたりするので、細かい視点が必要です。重労働というものではありません。
作物を育てるのは想像以上に繊細であり、成長に夢中になるものです。そして収穫の喜びと達成感や安堵感があるものです。
よく考えてみると、農業は子育てに非常によく似ています。大事に大事に育てていく中での不安や、喜び、悲しみなどがあるからです。
手をかければかけただけ、受け答えてくれます。しかし思い通りにはいかないところも似ています。どんなに自分が尽くしたと思っても子供は親の思った通りには育ちません。
農作物も手をかけて愛情込めて育てても、病気になったり、害虫にやられたり、天候の被害に遭うこともあります。
思い通りにいかないところや、理想が結果に結びつかないところも子育てに似ていると思います。
他にも、大きなトラクターなどの運転は男性しかできないイメージがあるのではないでしょうか。大きなエンジン音で、いかにも男性の仕事に見えるでしょう。
しかし、実際には力を使うわけではないので、作業の仕方を覚えれば女性でも簡単に扱えます。
このように、農業の現場では女性に出来ない仕事の方が少ないのではないかと思うほどです。
まとめ
これまでの農家の女性は、古い体質や「こうあるべき」という思い込みの中で生きてきました。
農家の女性(嫁)は、農作業をしながら家事や育児、介護、近所付き合いなどを同時にこなしてきました。そのため、自由がなく大変なイメージがあり、敬遠されることもありました。
しかし、現代では時代が変わり、それまでの価値観が多様化するようになりました。そのような時代では、今までの視点とは違う視点が必要になります。
また、食や農、健康に関心を持つ人も増えてきました。農家にとっては、それらは当たり前で昔から意識せずに暮らしてきました。
農家の女性には、独自に生きてきた経験や視点があります。こうした経験を生かすことができれば、たくさんの可能性があるはずです。