農林水産省の2014年のデータによると日本の農業の98%は家族経営です。農業法人が増えてきたとはいえ、農業の大部分が家族経営で運営されています。

一言で農業といっても、農業を柱にしている経営から、兼業農家、土地だけを持っている状態までさまざまです。

ここでは、家族経営で後継者(又は継ぐ予定の者がいる)がいる場合において、経営継承の必要性について考えていきます。

家族経営において親子で仕事をしていると、たくさんの問題や悩みがあります。それぞれの立場からの考え方の違いや、家族だからこそあいまいになりやすい部分もあります。

正解はなく、それぞれ環境や立場が違うので、その数だけ方法があります。それでは、どのように事業承継を考えていけばいいのかについ見ていきましょう。

もくじ

親子の事業継承はなぜ難しいのか

家族経営の農業の場合、事業継承にあたっては、親から子へ引き継ぐのが一般的です。ただ、親子であるからこそ、話合いが曖昧になりがちで、スムーズにいかない場合が多いです。

そのため、意識的に取り組まなければ、事業継承が完了しないまま、次の代を迎えることになります。通常、親子で仕事をしている場合、事業継承の話などしない場合が多いのではないでしょうか。

私は父親と仕事をしていますが、正直なところ仕事の最低限の話しかしません。多くの場合、仕事の中身の話になると、考え方ややり方が異なるため話が平行線で終わってしまい、解決することがないからです。

そのため、仕事のやり方が異なるため、畑の場所を別にして、お互いの仕事の仕方にあまり干渉しないという暗黙のルールが生まれています。

私の周りでも親子で仕事をしている場合、スムーズに話合いが出来ている方が少ないようです。そのため、コミュニケーションを密にとっていて、悩みがない人の方がまれだと言えます。

場合によっては、婿と義理の父親で仕事をしている場合もあり、親子以上に話し合いをすることが難しいようです。

このように、普段の仕事のことでさえ、あまりコミュニケーションをとっていないのに、事業継承の話になるとなおさら話ができていないのが現状ではないでしょうか。

このようなことは、身内で仕事をしている家族経営の特徴かと思います。

進まない世代交代

一般企業では80%以上が事業承継を課題として認識しています。ただ、実際には70%が具体的には進んでいないとし、30%は計画すら存在しないといいます。

組織経営ではない家族経営の場合は、そもそも認識すらしていなく、考えたこともない人も多いでしょう。

事業継承をする上では、きちんと話合うことが必要だと分かっていても、「何から始めていいか分からない」「そもそも話合うきっかけがない」「話合いを始めても感情的になる」などの問題から進んでいないのが現状です。

親からしてみれば、「息子はまだまだ頼りない」「自分が元気なうちは継ぐ話をしても仕方ない」と思っている場合もあります。

そもそも、世代交代する必要がないと考えている場合もあります。次の代に事業承継してしまったら、「自分の役目がなくなる」と考えていることもあります。会合などに参加することがなくなり「生きがいがなくなる」と考えているかもしれません。

このように、家族であるからこそ、あいまいになりやすいです。また、親と子では考え方や価値観が異なることもあり、考えが一致していません。

親子で仕事をするのはなぜ難しいのか

仮に息子である子の立場から、世代交代の話を出そうものなら、「俺を追い出すつもりか」と親に思われかねません。

よくある農家の昭和世代の親父と息子の話として、例えば仕事の内容などで、以下のようになりがちです。

親父「昔の人は、なんでもやったんだ。苦労しているから我慢できるんだ。今の奴らは楽をすることばかり考えやがって」

子「今は、時代が違うんだ。そんなんだから農業なんて誰もやらないんだ。時代にあったやり方に変えていくことが必要なんだ」

親父「何言ってるんだ。お前に何が出来るっていうんだ。昔からこのようにやってきたんだ。そんなことはいいから、黙って俺の仕事をみて覚えろ」

子「頭が凝り固まっていて変化することができないから視野が狭いままなんだ。そんなんだから農家は、時代に取り残されるんだ」

実際に私は、仕事をし始めて間もない頃は覚えるのがやっとなので、家族間の関係は特に問題はありませんでした。しかし、仕事に慣れ5年、10年と経ってくると、感覚は変わってきます。

何年も仕事をしているといろいろと覚えてくるため、話をする機会は激減してきます。そのため、わざわざ話をしようとも思いません。

しかし、いくつになっても親は親、子は子です。しかもお互いライバルでもあります。そのため、親と子のコミュニケーションは、ぎこちないものになります

親の気持ちと子の気持ち

私は本当に嫌になって、農業を辞めようかと何度も思ったことがあります。それは、農業そのものよりも、取り巻く環境などによるものです。農業を辞めなくても父と別名義でやりたいと思い、母と話をしていたこともあります。

心の底から嫌になっていても、「父親であることには変わりないんだよ」「子供のころは本当にかわいがってくれたんだよ」と言われていました。

私が子供のころ父が私を抱きかかえて写真に写っていたのを思い出し、なんとも言えない気持ちになったのを思い出しました。

自分に子供が出来て、父親の気持ちが痛いほど分かるからです。

家族労働で仕事をするのは、家族が円満に過ごせるよう願い、さらなる発展を望むものです。誰もが最終的な目標は一緒だと思いますが、それを確認する機会もなければ、日ごろから話すこともありません。

そのうえ、家族だからこその気恥ずかしさや、言わなくても分かるだろうという憶測で、あいまいにされやすいのです。

第3者を交えることの必要性

多くの場合、身内だけで話をしても平行線になりやすく、解決しにくい場合が多いです。親子間だけの話合いでは、どうしても感情的になりやすいからです。

そこで、地域の農業や家族経営に詳しいJAが介入して話を進めていくなどすれば、親子間だけの話合いよりスムーズにいくでしょう。

JAグループの中には、地域農業の担い手の意見・要望を聞き応えていったり、情報を届けたり、JAグループの改善に繋げていくTACという仕組みがあります

これから農業をしていく上では、「何が分からないのかが分からない」ということが出てくることがあります。

そのようなとき、相談してみてもいいでしょう。

農業を持続していく難しさ

事業継承を考える以前に、「どのような生き方をしたいのか」「農業経営をどのようにやっていきたいのか」と考えることが、そもそも必要なことです。

どうしても長期的に計画を立てることより、目の前の出来事をこなすだけで時間が経過してしまいがちです。

ある程度の指針のようなものがないと、すべてがあいまいになってしまいます。ここが明確になっていないと、ただなんとなく農業をしている状態になってしまいます。農業経営ではなく、単なる農作業になってしまいます。

これでは、自分で事業をしていくという意識が欠けてしまいます。そもそも農業は自営業です。農作物をたくさん収穫できればお金になります。一方で、農作物をたくさん収穫できなければお金になりません。

当たり前のことですが、自営業は給料が保障されているわけではないので、実力次第でどうにでも変わってしまうのです。

農業はサラリーマン思考ではいけない

栽培技術があり収穫量をたくさん上げられれば、農業で生活していけます。一方で栽培技術がなく、収穫量を上げられなければ農業で生活していけません。

それだけでなく、農業は経営するということなので、「長期的に営農し続ける」「土地を維持し、収穫量を上げる」「地域や取引先との信用」「顧客との関係」「農業機械、設備などの維持」などが出来ないと、廃業することになります。

このようなことが出来ない場合、たとえ親であっても経営を奪い取るくらいでないと農業を持続できません。廃業や一家離散することも考えられるからです。

古くからの農家では、「自分で事業を継続していく」という意識のない農家もいます。昔から農業をしているので、そのように考えた事すらないのです。また、自営業思考の弱い場合もあります。

それはまるで雇われたサラリーマン思考の農家です。農協には、販売を代行してもらってお金を振り込まれるものですが、すべてを農協に依存して、給料をもらっているような、雇われ人のような感覚です。

自分で考える思考が完全に抜け落ちてしまい、自分ですべきことが分からなくなってしまうのです。

後継者が家業を継いで親元就農するメリット

いくら自分の考えと父親の考えが違っても、全くの新規で農業を開始するのと家業を継いで親元で就農するのとでは、条件が全く異なります。

農業というのは、「どこでも」「すぐに」「継続して維持していく」ことが簡単にできるわけではありません。

場所によって土壌の質も違えば、作り方、販売の仕方も違います。すぐ簡単に、継続して収入を得られるほど甘くはありません。

先代が長い時間をかけて作り上げた結果、今があるのです。

家業で親元就農するのは、以下のようなたくさんのメリットがあります。

・土地や農業機械、設備などを引き継ぐことができ、初期投資を抑えられる

・栽培技術のノウハウを受け継ぐことができる

・地域の信頼や、今まで築いてきた顧客などを引き継ぐことができる

・長期的な視点で経営判断ができる

・経営理念や、存在意義、誇りを守ることができる

・親族や、地域、家族など一番納得がいく承継方法である

「家業を継ぐ」という役割

私は当初、農業を継ぐつもりは全くありませんでした。そして実家が農業で飯を食べていくことが出来る状態になかったら、間違いなく継いでいなかったと思います。

農業後継者になるということは、目に見えない「しがらみ」などを背負ってしまい、逃げられない重みを感じました。

それは、農業だけでなく、「家族や兄弟など」「家のこと」「親戚関係」「地域関係」「墓のこと」などです。「守らなければいけない」「継続していかなければいけない」という人生を選んでしまったとも感じました。

ただ、「継ぐ」ということは、たくさんの土台があるからこそ、次の展開を考えられる立場にあるということでもあるはずです。

事業承継では何を継ぐのか

事業承継には目に見えるもの「資産承継」と目に見えない物「経営承継」とがあります。親から継ぐ場合、経営者として、職人として、栽培技術のノウハウや、地域での人間関係など多くのものを継ぐことになります。

以下では「もの」「お金」「人」「情報」「顧客」の5項目について説明していきます。

資産継承(目に見えるもの)

・「もの」農地、農業機械、農業設備など

親元就農の場合、農地や農業機械、農業設備などはすでに揃っています。そのため、初期投資を抑えられるため、経営のリスクを抑えることができます。

・「お金」現金預貯金、契約書、共済など

農業を継ぐ、世代交代の前に最も重要なことは、そもそもどのくらいの収入があり、儲かっているのかいないのかということです。ここがはっきりしないため、経営承継がはっきりしないことがあるのではないでしょうか。

農業をするうえで最も重要なのは、「もそも農業をした方がいいのか、しないほうがいいのか」「持続可能なのか」「将来性はあるのか」などを判断することです。

事業と生活費が一緒になっている場合もあり、親が一括して管理していることもあります。どのタイミングで世代交代をするのか、迷うと思います。例えば、「息子が結婚したとき」「子供が小学生になった」「親がある程度の年齢を超えた」などのきっかけがないと、だらだらとしてしまいがちです。

経営継承(目に見えない物)

・「人」取引先、地域、従業員など

農業は1人では出来ません。

また、農業では覚えなければならないことがたくさんあります。親がやっていたのであれば、たくさんのノウハウを引き継ぐことができます。身近に基礎から教えてもらえる人がいることは、大きなメリットです。

他に地域との関係や取引先など、あらかじめ先代が作りあげた土台があります。かけがえのない人間関係を引き継ぎつつ、新たな関係を作り出すことが可能です。

・「情報」経営理念、農家としての誇り、家や地域の歴史

その家に代々伝わるものや、理念があります。ただそうはいっても、そもそも農家に「理念」など必要なのかどうか疑問に思うのではないでしょうか。「理念」を掲げる農家の方が少数でしょうし、そのような話を家族ですることもあまりないでしょう。

そこで私は、「なぜ農業をしているのか」「農業を通してどのような生き方をしたいのか」を考えました。考えた結果として、「美味しい果物を作り続ける」「顧客に喜んでもらう」ことを理念にしました。

・「顧客」顧客名簿、生産者としての信用、ブランド力など

顧客の名簿があれば、大切な資産になります。新規顧客の獲得には、多くのエネルギーが必要になり資金もかかります。そのためこれらを受け継ぐことは、大きなメリットになります。

まとめ

今回は、家族経営や農業を継ぐということをテーマに考えてきましたが、実際に普段からこのようなことを考えることはあまりないと思います。

また、こうした話を具体的にしにくく、後回しになってしまいやすいでしょう。

農業はいきなり出来るものではなく、長い時間をかけて代々作り上げてきたものであるといえます。それぞれの事情や時代背景、家族との関係などさまざまでしょう。

事業の継続や円満な関係、さらなる発展をするために、今回の記事が参考になれば幸いです。